そもそも、医療行為は長らく黒服で行われていた
医療関係者であるかどうかを問わず、医師といえば白衣、というイメージは一般的です。先生方にとって日々の仕事着であるのはもちろん、つい最近リメイクされたTVドラマ「白い巨塔」でも、白衣を纏った医師たちの総回診シーンは代々のハイライトとなってきました。しかしこの白衣姿、歴史的には比較的近年のものであるのをご存知でしょうか。古代ギリシアのころから存在していたとされる「医師」ですが、その装いは「白」である以前、「黒」だった期間のほうが長いとさえ言えるようで…。
医療従事者は昔から白を纏っていたわけではないんですか。
「ではないようですね。たとえば資料から確認できる医療従事者の服装史でいうと、よく引き合いに出されるのが11世紀、中世ヨーロッパで、十字軍の時代に組織された騎士修道会の『聖ヨハネ騎士団』です。エルサレム巡礼者を治療するための『ホスピキウム』という施設を手掛けており、これが現代の病院(ホスピタル)のルーツとなっているとも言われます。このため聖ヨハネ騎士団は『ホスピタラー騎士団』とも呼ばれていたのですが、この騎士団のユニフォームは、黒い地に白十字をあしらったものなんです」
協会の牧師のスタイルに近いというか、むしろ黒ベースだった。
「はい。それ以降、たとえば19世紀の医師が映っている資料を見ても、白衣ではない姿が見受けられます」
フロックコートのような出で立ちですね。
「そうですね。このころは、黒い背広型を着用していたようです。おそらくですが、医療行為がフォーマルなものとして見なされていたためと思われます。それが、20世紀初頭の写真になると、こう変わります」
あっ、いっぺんに白くなりましたね。
「はい。このころ、医療における衛生の概念の理解が進み、より科学的なものとして確立されていきました。医師も科学者としての側面を備えるようになり、科学者が着用していた白衣を着るようになったことから、現在の白衣姿が一般化していったようです。
ちなみに一緒に映っている看護師も、中世ヨーロッパ時代は修道院で旅行者や貧困者の世話をしており、白衣ではなく尼僧衣着用でした。
これが次第に病人のみを扱うホスピスとなり、ナイチンゲールがクリミア戦争に従軍看護師と参加した際に、現在の看護師の白衣の原型ができたと言われています」
白いのは、よく衛生的であることの象徴と言われますが、白くなったのには別の側面があったのですね。
「白ければ汚れは目立ちますが、白いからといってイコール清潔ではありませんしね。実用面でも、必ずしも白ければいいわけではなく、たとえば手術衣や手術用ドレープはグリーンや濃いブルーが用いられていますね。これは、赤い血液や臓器を見続けると補色残像といって、赤の補色にあたる緑色の残像が目に残り、白衣を見るとチラついてしまうため、その現象を防げるからです。これと比べれば、白い服を着るというのは、どちらかというと印象論に基づいたものと言えるかもしれません」
>
今日は医学の歴史から少し変わった話題を提供しました。
最終的にはナイチンゲールが白衣の歴史を作ったんですね。